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使ってみました!下総醤油 コラム#2

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携帯マイ醤油が欠かせない

日本人の血の数パーセントは・・・

私の体には、赤ワインの血が流れているの名(迷?)言で、つとに有名な女優さん、「相方」の存在ができてこのかた、その血の半分が焼酎になったそう。

でも私が思うに、そのまた半分は、少なくともお醤油なのではないかしら?

老若男女を問わず、日本に生まれ育った私たちは、少なからず、その血の数パーセント、いや…、数十パーセントは絶対にお醤油だと、私は信じて疑わないのです。 

たとえワインが焼酎にとって代わられた彼女をしても、ね。(笑)

今では懐かしい思い出となってしまったけど、以前の、九龍の猥雑なビルすれすれに高度を下げながら、香港・啓徳(カイタック)空港に降り立つと、特に夏場は、もわ~んとした湿気と共に、中国独特の雲南ハムの香りにむせたものでした。

街を歩けば、路地裏の屋台からも、さらには、超一流の老舗高級酒家のスープからも同じ香りが。

それと同じく、初めて日本を訪れる外国人は、成田に降り立つなり、お醤油独特の香りに驚くとのこと。 

そりゃぁ、そうですとも。

年間 一人あたり 約2 . 5リットルの醤油を消費する国民なんですから。

そんなお醤油好きの国民性を考えれば尚さらのこと、

安心して長くお付き合いできる「拘りの1本」を見つけたい!と思うのがあたりまえ。

料理研究家の母から受け継いだ、食に対する貪欲なまでの執着心を持つ DNA が私にけしかけ、随分と探しましたよ~。 

そしてやっと巡り逢ったのが、ちば醤油さんの「下総醤油」。 
それは、役得ともいえる、「取材」がきっかけでした。

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「精霊」が宿っている

場所は、千葉県旭市にある、ちば醤油「旭工場」。

「工場」といっても、なんだか奥ゆかしい佇まいではありませんか。 

ここは、嘉永 7 年( 1854 年)の創業当初からの大きな大きな木桶が、ひんやりとした暗闇に静かに眠るという、まさに蔵人の聖域。 

いにしえにタイムスリップしたようなこの凛とした空気感に、

「なんだかちょっと、デジャヴ気分だわ」と思っていると、

そう、赤い宝石が眠る ボルドーの丘のシャトーでも感じた「精霊」が、ここにも宿っているのです。

思わずこちらも襟を正しての取材と相成りました。

そしてこの小さな醸造所で昔ながらの手法を守り、まるで我が子を育てるかの如く、丁寧にじっくりと熟成させたのものが、先の「下総醤油」なんです。 

黒さの中にもまろやかに赤味がさした透明感がおいしさの秘密。

それ以来、この下総醤油は、我が家の食卓に幸せをもたらしてくれてるんです。 

今年の元旦の晩餐でも、下総醤油をベースに仕込まれたこのぽん酢が、大役を立派に務め、功労賞!

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やっぱり、その血の数十パーセントには・・・

そんな大事な逸品は、我が家の食卓だけにとどまっていません。

梅干とお煎餅と共に、渡航時の「三種の神器」として小瓶に移し変え、「携帯 My 醤油」に変身です(笑)。

そして、ドラえもんバックにいつも忍ばせ…、

ナポリでは、捕れたて新鮮なお魚に、ボスボラス海峡を臨む橋のたもとでは、名物・鯖サンドに、そして、極寒の地では、トナカイの煮込みに。

さすがに躊躇したけれど、ほんとは、パリの3つ★レストランでも、カルパッチョにひと滴、垂らしたかったくらい(笑)。

この「魔法の滴」で、何だか心も体も元気になるから、お醤油ってほんとに不思議。 

異邦の地では特に、「うん、やっぱり私は、大和のナデシコなのだわ」って、

つくづく思ってしまう瞬間なんです。

どの国にも、その国の料理の基本となる「味」があるでしょう?

フランスには艶やかなるソース。

イタリアにはバルサミコ酢。

中国には、醤(じゃん)。

そして、私たち、日本人には、いつなんどきも世界に誇る「醤油」があるじゃないですか。

そして話は冒頭に戻りますが、私も、あなたも、そしてあなたの傍らの愛しき人も、みーんなみんな、その血の数十パーセントには、日本人の知恵が生み、そして守り継がれた、まろやかな赤黒色の液体が含まれているのです(笑)。

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